私の本棚〜漂流

今回紹介する本は、吉村昭の『漂流』 です。

仕事中聴いているラジオで話題になっていたので、興味があり買って読んでみました。

まあ〜、おもしろいこと!

 

 

吉村昭の本は、「羆嵐」を読んだことがありました。

僕がワールドイズマインを読んでいた時、工場の先輩が、ヒグマの恐ろしさを知るにはこの本だ、と言って貸してくれたのでした。「羆嵐」もとても面白かったです。

『漂流』も同様に、大げさな装飾がない文章なのに、読むと自然に脳内で映像化される読みやすい文体で、グイグイと読んでしまいました。

 

 

まず、本の冒頭は、作者が漂流者について書くために色々な取材をした話から始まります。

その挿話も面白く漂流とは、無人島とはどういうものか。閉鎖された環境で人間はどうなっていくのか。などがイメージしやすくなります。

本編は、江戸時代の土佐藩(現在の高知県)の船乗りが、嵐に遭い、黒潮に流され、無人島に流れ着く、という歴史的記録を基にした話です。

船で出発する前の、村での日常の描写も素晴らしく、後の漂流生活の辛さを引き立てます。当時の日本の船、和船の構造の説明や、海難事故の多さなどのデータも書かれていて、より不安を煽ります。

船が操縦不能になっていく過程の描写や、水もなくなり、海水で炊いた米の塩っぱさの描写に耐えて読み進めていくと、流れ着いたのは、岩だらけの島。

転覆するものと思っていた船乗りたちは、陸にたどり着いたと喜びますが、探索するにつれ、それが絶望に変わっていきます。そこは、樹木も生えていない、川や池もない、つまり真水が無い、岩だらけの無人島。

そして出会う生き物は、島を埋め尽くすほどのアホウドリの群れ。

たどり着いた島は、現在の八丈島からさらに南にある鳥島で、アホウドリの繁殖地となっている島でした。海底火山の噴火でできたような島で、ろくな植物が生えておらずネズミなどの小動物すら生息しておらず、他に天敵となる動物がいないので、アホウドリたちはもちろん人間など見たことがありません。なので、人間を警戒することを知らず、漂流者たちは簡単にアホウドリを捕まえることができるが…。

 

水も無い、火打ち石がないので火も使えない、本当に何も無い絶望の繰り返しのなか、僅かな発見を希望と生存に繋げていきます。

主人公・長平が、希望を失い寝てばかりいた仲間が次々に死んでいく様子から、人間は何か“やる事”がなければ健康を害することを悟り、絶望の中、何か作業となることを見つけていく。何もなければ、念仏を唱えながら海岸を歩き回る。

本当に何も無い環境の中で、希望を繋げて時間を潰せるとしたら、頭の中にあることしかない。この念仏を唱えることが主人公にとって大きな助けとなる。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教も砂漠の中で生き抜くために生まれた宗教とも言われていますが、その理由が漂流を読むと少し理解できそうです。

漂流者たちの剥き出しの人間性が読んでいて辛くもなります。淡々と描かれているのでドラマチックな展開はありませんが、その分リアリティがあってとても面白いです。

 

何も無い漂流生活のはずなのに、なぜ歴史的記録が残っているのか?

それは最後まで読めばわかりますよ!!

ぜひGoogleマップで鳥島を見ながら呼んでください。

ウィキペディアで調べると、歴史上の出来事なので結末等の記述があるので注意してくださいね。

 

この本で学んだことは、他人が存在することの有難さ、と、本当の財産は自らの脳内にある知識、身体で体現できる技能であるということです。

僕の財産といえば、Vガンダムの知識と、暑くても涼しそうな表情をしている、という技能くらいであることを認識し愕然とするとともに、日常の有難さ、やるべき事のある幸せを噛みしめるのでした。

私の本棚〜漂流」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 私の本棚~羆嵐(くまあらし) | Shoeisilk Factory Report prepared by Sakurai

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