幼児用の踏み台を買いました。
3歳の息子に洗面所で手を洗わせる時用にです。
お風呂用のイスを一回り小さくしたような大きさで、見た目もシンプルな可愛さを宿した、邪魔にならなく、持ち運びも楽。
最初は手を洗うのを嫌がっていた息子も、今まで手が届かなかった蛇口に自らの手で水を出せる喜びを覚え、次第に満足そうに手を洗って…、正確には水を出したり止めたり一通り遊び、いっちょ前に手の洗い方を私に教えてきたりするようになりました。
息子が自分で手を洗えるようになって、私が洗ってやる必要がなくなったのだ。
我が子の成長に微笑ましい心持ちになったのも束の間だった。
新たな脅威にさらされることになったのだ。
息子が踏み台を濫用し始めた。
踏み台の使用法とその効果を実感し、身につけた息子は、行動範囲を広げ始めた。
踏み台が息子のアクセスできる領域を拡張したのである。
集中的に狙われるのが台所。
マジックテープでくっついている野菜を両断するオモチャで経験済みであるという顔つきで、包丁に興味津々。
さすがに危ないので手を出そうとするものならひどく叱られる。
それでもあきらめず、妻や私が乳児の次男のミルクを作ろうとすると、わっせわっせ!と言いながら、洗面所から踏み台を持って台所にやってくる。
ちょっといい?
と、3歳児のくせに言いながら割り込んできて、哺乳瓶にミルクのキューブを入れるところをやらせろ、という。
ホットケーキでも作ってやろうとすると、やはり踏み台を持ってきて、
ちょっといい?
と、3歳児のくせに言いながら割り込んできて、卵を割る、粉を入れる、牛乳を入れる、混ぜる、工程をやらせろというが、もちろん粉だらけになる。
台所だけではなく、踏み台を使っていろんなところを狙ってくるので、
息子に触らせたくないものは、大人の身長以上のところに置くようにしなけらばならなくなった。
踏み台の導入によって、我が家のセキュリティは再構築を余儀なくされたのだった──────。
これは、近年のIoTが抱える問題と同じ現象なのではないか?
IoTとは (Wikipediaより抜粋)
モノのインターネット(英語: Internet of Things, IoT)とは、様々な「モノ(物)」がインターネットに接続され(単に繋がるだけではなく、モノがインターネットのように繋がる)、情報交換することにより相互に制御する仕組みである。
家電などがネットワークに繋がり、生活がますます便利になるという。
家電が一つの端末でまとめて操作できたり、外出先から家の中の様々な状態を知りることができるらしい。
確かに便利かもしれないが、その情報や操作の権限が他人に侵される危険も増すということも意味する。
便利になればなるほど、セキュリティもレベルを上げていかなければならなくなる。
さらには、IPv4アドレスの枯渇、電話番号の枯渇、ネットワークのトラフィックの急増、などなど問題が次々と噴出してくるのである。
そこへさらにAIの登場である。
AIスピーカーなども既に市販され、喋るだけで家電を操作し、買い物まで出来るようになっている。
ここでも便利さと相反して懸念されているのが、AIに仕事を奪われるのではないか?という問題である。
すでに、有名銀行のコールセンターや有名病院の診断サポートなどにAIが導入されている。
今後、AIに代替されるであろう仕事の上位に、弁護士なども含まれている。
産業革命によって、多くの労働者が機械に仕事を奪われたが、現在では所謂ホワイトカラーと言われていた人びとの仕事も奪われようとしているのだ。
おそろしい時代である。
危惧してばかりもいられないので、さしあたって目の前の問題に目を移そう。
懸念されている幼児攻撃対策として、踏み台に加速度センサー、GPS、通信機能を付加する。息子が踏み台を持ち出そうものなら、直ちにスマホに通知され、連動した警備システムの警報が鳴り響くだろう。
世界中の幼児用IoT踏み台から蓄積されたビッグデータから、イタズラや危ない行動と、手洗いなどの正規の運用法などがAIにより区別されるようになり、警報を鳴らす判断をAIが下すようになるかもしれない。
しかし、ビッグデータの統計で判断する、計算機の枠を出ることができないAIには「意味」が理解できない。何が息子にとって“良い”踏み台運用か、を数学で表現できないので、AIに理解させることができない。
そんなAIに踏み台の仕事を任せる訳にはいかない。それこそが人間だけができる仕事なのだ。AIに代替されない仕事が見つかった。
息子よ、また少し重くなったな。